吉崎さんについて紐解きます。

村下孝蔵さんとの意外な接点を見付けました。それは、、、

明治42年八代市海士江(あまがえ)に生まれます。淵上毛錢先生と同じく青山学院は、高等部を中退したあとに水俣へ流れてきて、水俣の映画館で活動弁士をされ、その語りが絶妙で上手く人気を博したそうです。

昭和37年3月に52歳で没するまで、水俣に腰を据えていて映画館の娘を嫁に貰ったとの事です。

その映画館とは、、

村下興業社


そうです。村下興業社直営の太陽映劇とコトブキ映劇です。村下孝蔵さんの祖父で水俣市議会の初代議長の村下改蔵氏の娘と仮定するならば孝蔵さんから見たら、直彦叔父さんになるわけです。
因みに改蔵さんが他界されたのが昭和40年2月。

昭和42年、村下孝蔵さんの父、昭蔵さんは、映画館を廃業されます。


村下さんは1968年3月、第一中学校を卒業すると一家は水俣を離れます。






※参考文献 






各人物のWikipedia





生きた、臥た、書いた《淵上毛錢の詩と生涯》







村下孝蔵STORY: 深き夢歌、淡き恋歌
落合昇平