村下孝蔵さんがCBSソニーの中国地区オーディションに合格した年、1979年のあれこれを紹介します🎵



この年は、色々な物が誕生した年でもあります。

一例を挙げますと。

☆ダブルラジカセ
☆電子体温計
☆ウォークマンなど




さて、この年はオーディオ界でも色々な革新が行われました。


シャープの健闘。

日本初のラジオ放送は、1925年大正14年)3月22日9時30分、社団法人東京放送局(JOAK:現在のNHK東京ラジオ第1放送。略称:AK)が東京・芝浦東京高等工芸学校千葉大学工学部の前身)内に設けた仮送信所から発した京田武男アナウンサーによる第一声は「アーアー、聞こえますか。……JOAK、JOAK、こちらは東京放送局であります。こんにち只今より放送を開始致します」Wikipediaより。


日本で最初にラジオ受信機(鉱石ラジオ)を発売したのは早川電機です。

テレビの第一号も早川電機。

因みに液晶電卓も早川電機。


社長は、早川徳次さん。

そうです、後のSHARPです。

また、学生さんを始め「シャーペン」と言っているシャープペンシルもシャープの商品です。社名が品名の一部だったんですね。


さあ、そんなSHARPから、79年にサーチャーが発売されます🎵

カセットデッキをダブルにして人気を博します。


今でも不動の人気を博しているウォークマンがこの年に発売されます🎵


初代はTPS-L2。

まだ、ウォークマンを略したWMで始まらない型番号です。


本家ホームページを始め、開発経緯は諸説あります。


日録20世紀と言う雑誌の79年を紹介した号には、テープレコーダー事業部の若手技術者たちは遊び半分でプレスマン(携帯型テープレコーダー)を改造しました。


スピーカーを外して回路をステレオにし、ヘッドもステレオに。

録音機能を取り払いステレオ再生専用機としました。


そこに現れたのが、ミスターウォークマンと後に称される黒木部長です。


そのステレオの音に感銘を受けた部長は、盛田氏や井深氏たちに進言します。



社内でも機運が高まります。


しかし、「録音機能がない!」「スピーカーもない」などの意見が吹き出します。


最後は「色々言う前に、まずは売ってみよう!それからまた考えよう」との盛田氏の一言で場はまとまり発売に至りました。


 


発売するや、各社が追随してきました。


☆アイワ、、カセットボーイ


☆ナショナル、、Way


☆日立、、パディスコ

☆ビクター、、TEPEE

☆ヤマハ、、コッキー

☆東芝、、ウォーキー

☆サンヨー、、JJ

他にもSHARPや三菱、パイオニアなどからも出ました。

 


実は、盛田会長の娘さんが旅行から帰るやいなや挨拶もそこそこに部屋に籠り音楽を聴いている姿を見て、今の若者はいつでも音楽に触れていないといけないらしいと悟り、外でも携帯できる音楽プレーヤーを所望していたとも言われます。


そして、小型化の浪は、三洋電機からも発せられました。

 MR-U4、ユーフォーの発売です。


それまで大きかったラジカセをコンパクトにしたのがU4です。

迫力重視、大型スピーカー仕様のラジカセから、コンパクトにアクティブに使えて女性受けする商品をと言うことで作られました。


すると各社がコンパクトなラジカセを、こぞって販売し始めました。


☆NEC、、、ラブリーテレコPOPORO

☆ナショナル、、ラブコール

☆ソニー、、ドデカホーン

☆東芝、、sugar

☆日立、、パディスコ

などなど