以前に、コミュニティFMや防災無線について書きました。

⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇



近くには、八代市にFM八代があり、天草も現在試験電波発射中です。




名前は「みつばちFM」何とも愛らしい名称ですよね🎵

たぶん、周波数の88.8MHzに由来するのでしょう。


一部ページを引用いたします。

FM



私は電話で市役所の防災無線担当の方に度々申し上げて来ました。



災害時に防災無線に頼っていて大丈夫なのでしょうか?
補完を考えていらっしゃるのでしょうか?


いまや、AMラジオですら災害時に備えてFM補完放送を実施しています。


熊本RKKは94,2MHz。鹿児島MBCは93,7MHz。




FM


天草市は、素晴らしいFMを立ち上げられたと思います。
確かに、ケーブルテレビの下地はあったかと思いますが、先見の明があったかと思います。

FM







こちらは、冷水にあります水源。

冷水の池です。

冷水


なかなか、幻想的な森の中にあります。
水俣市袋は冷水地区にある水源。

冷水


一見すると水も綺麗で冷たいのですが、、、はたして飲めるのでしょうか?

直に薩摩街道ふれあいウォークもあります。
タレントの山内要さんも出られますね。


冷水


こちらは、昔、薩摩街道の旅人の喉を潤していたとYouTubeに出ていました。

水俣の情報案内にも載っています。


冷水


水の国くまもとと言うサイトにも載っていました。

冷水


なんとも歴史的に価値がある水源。
さて、この水源、水質調査したりされたらと思います。
出来れば飲用可能なまでに整備出来れば、観光資源としての価値も上がると思います。


冷水



池のほとりには祠もありますし、御神木もあります。



冷水

また、熊本県の昭和の名水百選に選ばれた水源。

そんな水源を市民は何%知っているのか疑問です。

冷水

そして入り口には、ひしゃくが置いてありましたが、、、飲む気にはなりませんでした。

冷水



眺めもよく、昭和の名水百選、薩摩街道沿いと観光名所にもってこいの場所なのに勿体ない気がします。

観光案内に掲載するのなら、責任もって管理すべきだし、軽はずみに名水百選だからなどと唱うのは不謹慎な気がします。

飲めるとは書いてなくとも飲めないとも書いてありません。

改めて提言いたしますが、冷水の水源は水質調査を行い、飲めるようならぜひ広めて欲しいと思いますし、水汲み場の整備もお願いいたします。

また、薩摩街道の話を最前に書きましたが、ふれあいウォークもありますから、水俣を訪れた方々から「な~んだ、こんなものか🙍⤵」「整備されていない、朽ち果てている( ノД`)…」と言われないようにと思います。




さて、こちらは初恋通りです。

村下孝蔵さんの偉業を後世に伝えるべく作られました。

元々はふれあい一番街とさるくロードが一体化しふれあい一番街になりましたが、近年、ふれあい一番街は、初恋通りになりました。

現 水俣市長が、ふれあい一番街商店街の会長時代に制定されました。

村下孝蔵さんの故郷・水俣市に「初恋」歌碑 #日テレNEWS24 #日テレ #ntv http://www.news24.jp/sp/articles/2013/11/18/08295305.html



もうじき4年ほど経ちますが、、

歌碑が建っていますが、歌碑前には、、悲しいかな、バイクや自転車が停められています。

初恋



初恋



初恋



初恋

ほんの一部をご紹介しましたが、駐輪により背負う傷は、、痛々しいものがあります。

自転車やバイクのカゴやミラーなどが当たったり擦れて着いたものではと推測されます。


初恋




初恋

私は、こちらはお墓同然ではと思います。

なぜなら、モニュメントだからです。

モニュメントMonument)は、記念碑、記念建物、記念館、銅像、慰霊碑、忠魂碑、忠霊塔など、何かを記念したり称えたりするために作られた有形の作品のこと。

普通ならモニュメントに傷つけないように敬意を払いませんか?

例えば、歴史的建造物にキズを付けたら、ニュースで話題になります。


松山城の城壁破損のニュース↓↓↓↓↓



さて、歌碑が建って間もない村下孝蔵さんの誕生日月あたりに、どなたか解りませんが、花束が置かれていました。
初恋

2015年のことでした。

それからは、ファンの方々などが献花されるよ
る様になりました。
初恋


その献花を見掛けた有志の方々が献花台をご命日の日から七夕の日まで、で追悼の意を込めて設置されています。


因みに歌碑の前に献花台を置くのは不謹慎。商売する場所の前に置かれるのは、お墓みたいで良くないとのご指摘がありました。

私は思います。本来は水俣市や初恋通りが率先して慰霊祭や献花台を設置されるのが筋ではと考えます。

初恋と言う名前を冠にする以上、水俣には初恋の伝説は有るのでしょうか?
初恋とつく話は村下孝蔵さん以外に思い浮かびません。

かなり前から村下孝蔵さんのご命日に際し水俣市はなにもしないのかなあと落胆の声や何かしてくれるかもとの期待の声が多数聴かれますか、そんな民意も関係各位の前にはうるさい蝿なのか、真剣に耳を傾ける気配がないのか日々の業務が忙しくて手が回らないのか届く事が無いようで残念でなりません。

波風立てない主義なのか、めんどくさいのかは解りませんが。



さてこちらは、朽ち果てた幟旗です。

いまは、取り払われていますが、取り払われるまでは長きに渡り放置されてきました。

話によれば幟が交換されないのは予算が掛かるため云々と聴きましたが、何だか悲しくなりました。


初恋


そこで、予算確保にとLINEスタンプが出来ています。
名前は「はつこ」

しかし!!

思い入れの無い方の発案なのか知りませんが、原案の企画時に出た案は消えています‼

基本的に幟やフラッグなどに書かれている少女は、村上保先生に初恋通りをモデルにした背景と少女を製作頂く際には、水俣第一中学校の制服を再現して欲しいと提言し、第一中学校バージョンで製作されたと聴いています。


初恋


しかし、コチラの少女は、ただセーラー服を着ただけと言う安価なと言うか安易な考えにも見えて残念です。

まず、予算と言うなら、商店街でクラウドファンティングと言う方法も取らなかったのでしょうか。

ファンの方々もクラウドファンティングなら賛同される方々も居られたかと思います。

また、初恋通りには、レコードジャケットの切り絵でお馴染みの村上保先生が作られた少女像が鎮座しています。

初恋

ご命日の前などには花やお供えものにお賽銭も上がっていました。

初恋


村下孝蔵さんが好きだったコーラなども上がっています。


沢山の方々に慕われていたことが伺えますね。

水俣にはお墓は有りませんから、歌碑や少女像がモニュメント=慰霊碑になってしまったと思えます。

初恋

しかし、また、市役所の方々でしょうか、張り紙をしに来られていました。

初恋


その際に話を伺いまして、張り紙の内容は解りますが、経緯や理由が書いてないのはおかしいと思います。


なぜにいけないのか、なぜ併記しないのか不思議でなりません。
また、張り紙には出所を書くのが筋だと思いますが如何でしょうか?
誰が書いたか解らない紙切れなら無視されても仕方ないかと。それと少女像や歌碑の管理者は誰なのかが明記されていないのは不自然ですよね。

出来れば、賽銭箱を歌碑前か少女像前に製作をお願いいたします。そうすれば、献花などをする代わりに花代を入れると思いますから、そのお金で整備費用に回せるのではと考えます。

水光社のサービスカウンターに賽銭箱を設置して入れて貰うのも得策かもしれません。

ファンの方々の温かいお供えやお賽銭に罪があるかと言えば、、、一概に斬るのは難しいですよね。散らかしたくて置く人は居ないと思います。

市長は、初恋のまちづくりに真剣に取り組んで居られます。
そんな、市長の思いも然りファンの皆様のや関係者の皆様の熱い思いも然り。

それらを無にするような感じに取られかねない管理は少々良くないと思いました。意見には個人差は有りますが、何だか淋しいですね。

初恋

上に載せた写真は、10月11日に撮影した写真ですが、幟は朽ち果てていると言わざるを得ません。

以下の写真は、ハロウィンのフラッグです。

初恋

今日は、通りの方々が設置されていました。

しかし、、、


初恋

下は、初恋通りのフラッグ。



初恋


通りの街灯にはほぼフラッグは下がっていませんでした。

確かにいつかは朽ち果てる幟やフラッグ。しかし裏を返せば朽ち果てることは予見できる訳ですから、何かしら手を打つ余裕は無かったのかと不思議でなりません。



初恋通り

私がこの記事を書いた真意は、村下孝蔵さんを顕彰しようと心から彼を慕って活動なさってる多くの皆さんの努力が無にならないことを切に願う気持ちからです。

市外からも来てよかった、市民の皆さんが、歌碑や少女像が建ってよかったと思えるようになればなあと思います。

市民の皆さんも、少しでも関心をもって貰えたらと思います。




今日は薩摩街道を散策した折に気付いた内容を市役所の方々に提言すべく書かせて頂きます。

まずは、、侍から坂口地区に下ると坂口川に突き当たります。
写真の奥、ガードレールが見える橋が前平橋で坂口川に掛かる橋です。

薩摩街道


その橋の脇に移築された石橋があります。

薩摩街道


しかし、、草が生い茂り、見るに耐えないような気もしてなりません。

熊本県は石橋の郷が旧矢部町の通潤橋をはじめとして数多く残りますが、こちらも貴重な石橋ではないかなあと思う次第であります。



薩摩街道

貴重な遺産も誰が管理者なのかが解らないのは、私は墓守りの居ないお墓同然の様な淋しささえ感じます。

昔は、薩摩街道を行き交う人々の足を支え、西郷隆盛氏や大久保利通氏、篤姫様も通られた薩摩街道。

この橋には歴史的価値は無いのかなあと、、、( ノД`)…

扱われ様を見るに残念でなりません。

そして、薩摩街道は、橋を渡り道路を横切り直進、荒木板金さんの看板脇から急坂に成りますが、坂口から陣原地区へと続きます。

薩摩街道

坂を上りきり、みかん畑の間を抜ける街道沿いの一角に何やら石碑を見つけました。


薩摩街道


しかし、こちらも草が生い茂り、、朽ち果てていると言っても過言ではない感じです。

昔で言えば、落武者の様でもあります。


薩摩街道

こちらは、2年ほど前に撮影した石碑。

こちらが薩摩街道である旨を記す石碑の脇に、何やら当地にゆかりの偉人???の方の功績を称えた石碑も有りました。


薩摩街道

石碑には、、読み解ける文字は、「元山氏」「芦北」「田の浦」「村長」「18年」「水俣」「移居」「月の浦」「営」「柑橘園」と断片的に読めるものの、何をされた方なのかがいまいち伝わりません❗

ひとつ間違えば、自画自賛と言いますか、自慢話が書いてあるのかなあ?とも取れます。

これらをつなげると、、「芦北は田の浦郡で村長を18年務められた元山氏は、水俣に移り住み、月の浦で柑橘園を営まれた、、、」と言うような文面でしょうか?

無知な私には解読不可能です。

その前に、こんなに草木が生い茂っていては、、読めません(`Δ´)。

もし、水俣の偉人だとしたら、かなり粗末な扱いだなあと悲しくなりました。


因みに調べたら、http://hyakkaido.travel.coocan.jp/satumakaidou11sinminamatafukuro.htmlと言うサイトに詳しく記載がありました。


「その先右手に大きな石に「薩摩街道」と刻む石比と、「蘇峰七十八」の漢詩を刻む大きな石がある。」

と書いてありました。

蘇峰先生の漢文ならなおさら綺麗に整備すべきだし、横に現代文に直した説明看板を建てるべきだとひしひしと感じます。

そして薩摩街道は、陣原地区へ。

陣原団地を抜けると、、、水俣病歴史考証館に向かう分岐点に石碑が。

佛石


そこには、佛石と書いてありました。


佛石


歴史考証館の方角に向かって道なりに進み、直ぐ右の家の脇を入ると畑の一角に石碑が有りました。

佛石

しかし、草が生い茂り金文字も剥げていて何が書いてあるのか読めませんでした。

佛石



ところどころ断片的に読めるような、読めないような( ノД`)…

佛石


先に記したサイトにありましたが、関ヶ原の戦いで敗れた武将を祀ってあるみたいです。


ここで声を大にして言いたいのですが、武将を祀る石碑なら、墓も同然ではと考えることもできますよね。

なら、墓に草が生い茂っていても良いのでしょうか?


もし、自分の親などが眠る墓が草が生い茂り見るも耐えない状況なら、そのままにして放置しますか?


因みに、こんな苦情紛いな話をする暇が有ったら草でも刈ってこい!!と言う意見もあるかもですが、やはり管理者の所在を明確にして、管理の徹底を責任もってするべきだと思います❗

観光資源をほったらかして朽ち果てさせることは、箱物行政にも近いものを感じました。

箱物行政(はこものぎょうせい)とは、庁舎学校公民館博物館運動施設などの公共施設の「建設」に重点を置く地方自治体政策を揶揄する表現のこと。

概要編集

日本において、国や地方公共団体などの行政機関が行った公共事業のなかには、施設や建造物の整備(設置すること)そのものが目的になり、計画や運用で本来明確にすべき「それを何に利用するか」や「どのように活用するか」が十分に検討されないまま事業を進めた結果、整備された施設が有効に活用されないばかりか維持管理の後年度負担が財政に悪影響を及ぼす非効率で無駄な事業となる事例が見られる。このように資材や機材を投入して建設することが第一義となり事業の便益を考慮しない行政手法を批判的に述べた用語で、そのような経緯で建設された施設を箱物と呼ぶことに由来する[1]。過度にインフラストラクチャー整備に重点を置く行政姿勢を批判する視点からの言葉である。

本来、道路橋梁ダム空港港湾公園上下水道多目的ホールなどのインフラ整備を行う公共事業は、最終的にそれらの施設が有効に活用されることで地域に直接的・間接的な経済波及効果を期待するものとされてきた[誰によって?]。同時に公共事業は不況時に財政出動による有効な経済対策の一つと考えられていた。ただ、日本ではしばしばこれら施設の建設工事そのものが景気浮揚を目的として行われ、1980年代ごろから社会問題として認識され始め、こと1990年代からは財政状態に問題を抱えるところも方々に見出せ、過去の放漫財政の見直しという意味合いから厳しい目を向けられる箱物も方々に見出され報じられていった。


Wikipediaより引用

ぜひ、水俣市役所の関係各部署のみなさん、改めて、観光資源の整備、責任者の所在の確認及び公表などを徹底していただければと願う次第です。



本来は至極当たり前の事かも知れませんが。

なかなか、細部まで目を配るのはやらなきゃいけないとは言え、難しいのが現実かもしれません。


水俣市役所さんに昨日の崖の話をしましたら、、、早速管轄を捜して、報告してくださいました。


実は、県の環境センターが管轄だったらしく、たった今確認しましたら環境センターの方々が丁寧に説明してくださいました。


『昨日、市役所様より報告して頂いたので、応急処置として、ロープを張りました。』

との事でした。

よーく御覧くださいませ。

明神

近づいてみると、、、

明神


よくよく見ると、、、

明神

瞬時に動いて下さった皆様、ありがとうございました\(^_^)/


ちなみに忘れ物も見つけました。


 明神

チョークのようですね。



さて、今回の件、本質は、、子供たちが見学に来る場所であり、探検しようと散策する場所を把握して危険がないかを定期点検を怠っていたのが原因かも知れません。


毎回、定期点検を表にして、簡単な地図を併記して、館内の入口に貼っては如何でしょう。

子供たちの安全も目を配っている事を証明しながら、危険箇所を紹介して啓発を紹介する貼り紙があればなあとも思いました。