おはようございます。

さて、没後二十年。 6月24日の御命日に際し~村下孝蔵さんを顕彰して居られるかなあ~と題して色々と綴って参りました。

その胸中は、、筆舌に尽くしがたいものがありました。

こんなこと書いて良いのか、イメージダウンやマイナス因子にならないかなど、かなり悩みましたし葛藤もありました。

私は、1999年6月24日の訃報で村下孝蔵さんを知りました。

それだけに思いは人一倍強かったのかもわかりません。

ですので初恋通りの設立案を聞いたときには、飛び上がるほどに嬉しかったですし、ポストの移設など、お手伝い出来ることは色々しましたし、西田弘志会長にも色々と提案しました。

また、ファンの方々が訪れて色々聴かれても多少は説明できるように会長名義で誤字脱字はありましたが、村下孝蔵さんの資料集を作製し水光社さんを始め、通りのお店に教材として配布しました。

それらからしてお分かりの通り決して私は初恋通りをおとしめたり、唾を吐き掛けるようなつもりで書いたのではありません。

初恋通りには、よい人達が沢山いることを忘れてはいけません。

水俣でのコンサートの楽屋話をしてくださるトムソーヤさん、水俣の生き字引ウエダ靴の師匠とおかみさん、子供たちに大人気ふれあいセンターの縁joyスマイルのお二人、イタリアンの匠37Mata食堂さん、和食の達人 味心松さん、笑顔が素敵なママ衣料さんなどなど、沢山いらっしゃいます。

皆さん、素敵な方々ばかりです。

そんな皆さんを悪く言うつもりはありません。

悪まで、初恋通りの設立の主旨と現状の乖離(かいり)を指摘したまででありまして、原点に立ち返えって心から顕彰を願うべく書いたのであります。

没後二十年。

初恋を冠にしたのですから、その名に添うような通りとなることを切に願っております。

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