今日は薩摩街道を散策した折に気付いた内容を市役所の方々に提言すべく書かせて頂きます。

まずは、、侍から坂口地区に下ると坂口川に突き当たります。
写真の奥、ガードレールが見える橋が前平橋で坂口川に掛かる橋です。

薩摩街道


その橋の脇に移築された石橋があります。

薩摩街道


しかし、、草が生い茂り、見るに耐えないような気もしてなりません。

熊本県は石橋の郷が旧矢部町の通潤橋をはじめとして数多く残りますが、こちらも貴重な石橋ではないかなあと思う次第であります。



薩摩街道

貴重な遺産も誰が管理者なのかが解らないのは、私は墓守りの居ないお墓同然の様な淋しささえ感じます。

昔は、薩摩街道を行き交う人々の足を支え、西郷隆盛氏や大久保利通氏、篤姫様も通られた薩摩街道。

この橋には歴史的価値は無いのかなあと、、、( ノД`)…

扱われ様を見るに残念でなりません。

そして、薩摩街道は、橋を渡り道路を横切り直進、荒木板金さんの看板脇から急坂に成りますが、坂口から陣原地区へと続きます。

薩摩街道

坂を上りきり、みかん畑の間を抜ける街道沿いの一角に何やら石碑を見つけました。


薩摩街道


しかし、こちらも草が生い茂り、、朽ち果てていると言っても過言ではない感じです。

昔で言えば、落武者の様でもあります。


薩摩街道

こちらは、2年ほど前に撮影した石碑。

こちらが薩摩街道である旨を記す石碑の脇に、何やら当地にゆかりの偉人???の方の功績を称えた石碑も有りました。


薩摩街道

石碑には、、読み解ける文字は、「元山氏」「芦北」「田の浦」「村長」「18年」「水俣」「移居」「月の浦」「営」「柑橘園」と断片的に読めるものの、何をされた方なのかがいまいち伝わりません❗

ひとつ間違えば、自画自賛と言いますか、自慢話が書いてあるのかなあ?とも取れます。

これらをつなげると、、「芦北は田の浦郡で村長を18年務められた元山氏は、水俣に移り住み、月の浦で柑橘園を営まれた、、、」と言うような文面でしょうか?

無知な私には解読不可能です。

その前に、こんなに草木が生い茂っていては、、読めません(`Δ´)。

もし、水俣の偉人だとしたら、かなり粗末な扱いだなあと悲しくなりました。


因みに調べたら、http://hyakkaido.travel.coocan.jp/satumakaidou11sinminamatafukuro.htmlと言うサイトに詳しく記載がありました。


「その先右手に大きな石に「薩摩街道」と刻む石比と、「蘇峰七十八」の漢詩を刻む大きな石がある。」

と書いてありました。

蘇峰先生の漢文ならなおさら綺麗に整備すべきだし、横に現代文に直した説明看板を建てるべきだとひしひしと感じます。

そして薩摩街道は、陣原地区へ。

陣原団地を抜けると、、、水俣病歴史考証館に向かう分岐点に石碑が。

佛石


そこには、佛石と書いてありました。


佛石


歴史考証館の方角に向かって道なりに進み、直ぐ右の家の脇を入ると畑の一角に石碑が有りました。

佛石

しかし、草が生い茂り金文字も剥げていて何が書いてあるのか読めませんでした。

佛石



ところどころ断片的に読めるような、読めないような( ノД`)…

佛石


先に記したサイトにありましたが、関ヶ原の戦いで敗れた武将を祀ってあるみたいです。


ここで声を大にして言いたいのですが、武将を祀る石碑なら、墓も同然ではと考えることもできますよね。

なら、墓に草が生い茂っていても良いのでしょうか?


もし、自分の親などが眠る墓が草が生い茂り見るも耐えない状況なら、そのままにして放置しますか?


因みに、こんな苦情紛いな話をする暇が有ったら草でも刈ってこい!!と言う意見もあるかもですが、やはり管理者の所在を明確にして、管理の徹底を責任もってするべきだと思います❗

観光資源をほったらかして朽ち果てさせることは、箱物行政にも近いものを感じました。

箱物行政(はこものぎょうせい)とは、庁舎学校公民館博物館運動施設などの公共施設の「建設」に重点を置く地方自治体政策を揶揄する表現のこと。

概要編集

日本において、国や地方公共団体などの行政機関が行った公共事業のなかには、施設や建造物の整備(設置すること)そのものが目的になり、計画や運用で本来明確にすべき「それを何に利用するか」や「どのように活用するか」が十分に検討されないまま事業を進めた結果、整備された施設が有効に活用されないばかりか維持管理の後年度負担が財政に悪影響を及ぼす非効率で無駄な事業となる事例が見られる。このように資材や機材を投入して建設することが第一義となり事業の便益を考慮しない行政手法を批判的に述べた用語で、そのような経緯で建設された施設を箱物と呼ぶことに由来する[1]。過度にインフラストラクチャー整備に重点を置く行政姿勢を批判する視点からの言葉である。

本来、道路橋梁ダム空港港湾公園上下水道多目的ホールなどのインフラ整備を行う公共事業は、最終的にそれらの施設が有効に活用されることで地域に直接的・間接的な経済波及効果を期待するものとされてきた[誰によって?]。同時に公共事業は不況時に財政出動による有効な経済対策の一つと考えられていた。ただ、日本ではしばしばこれら施設の建設工事そのものが景気浮揚を目的として行われ、1980年代ごろから社会問題として認識され始め、こと1990年代からは財政状態に問題を抱えるところも方々に見出せ、過去の放漫財政の見直しという意味合いから厳しい目を向けられる箱物も方々に見出され報じられていった。


Wikipediaより引用

ぜひ、水俣市役所の関係各部署のみなさん、改めて、観光資源の整備、責任者の所在の確認及び公表などを徹底していただければと願う次第です。

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