キーワード:さくら ほいくえん ころな 解除

比較的のんびりと、まだ他人事のように受け止めていたかもしれない

この近辺もいよいよ緊迫した感じが漂ってきました。

園は決して他人事ではないので早くから警戒はしてきましたが、

徐々にレベルを上げることになってしまいました。

そして市からも登園を控えていただきたい旨の協議が出されました。


今思います。

これからしばらくは

「私(わたし)」を少し抑えて

「私たち(わたしたち)」を最優先に考えることが大切になるでしょう。

「私」と「私たち」

何が違うのでしょうか。

「私」ではなくても「あなたたち」とは違います。


「私たち」という思い、考え方

分かっているようで、本当に分かってはいない気もします。

社会、とか、国とか言うと何やら堅苦しいような

思想、政治が絡んでくるような、敬遠されるような感じがありますが

(そう感じるのは私だけ?)

「私たち」と捉えれば身近になるのではないでしょうか。

「私」がいるからこそ「私たち」があります。

そして「私」は「私たち」が無ければ生きてはいけません。

「私」抜きの「私たち」は存在しませんし

「私たち」と無関係な「私」もあり得ません。


私たちが暮らしている現実の社会は

「私」と「私以外」

「自分」と「自分以外」 で成り立っているのではありません。

「私」と「私たち」

「自分」と「自分たち」 で成り立っています。

冷静に考えれば至極当たり前のことです。


この難局は「私」だけで乗り越えられるものではありません。

まして「私」以外の「あなたたち」に任せて済むことではありません。

今こそわたしたちは「私たち」として考えなければなりません。


「私たち」には何ができるのか、何をすべきか。

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